〝愛されたい〟のは〝愛したい〟から

 

 

こまりです!いえい!

ちょこっとずつ閲覧数が上がってきてて、やる気が出てきました〜

 

私今月はまだまだ人間的な課題が山盛りでして、

ガイドに見守られながら学びを深めてます。

 

昨日、性のことと正面から向き合って、

あーでもないこーでもないといろいろ考えたのですが、

思い出したよ、

「私、そういや男性不信だったわ!」ってね。なはは!

 

 

私は男性とライトに会話するとか苦手なので、全然モテません

悩んだこともあったけど、大丈夫な人もチラホラいたから気にしないで来ちゃった。

 

彼と出会ったら、まるで幼児のときみたいに、異性であることを飛び越えて魂のやりとりが出来たから、

ますます悩まなくなった。

 

けどやっぱり、潜在意識には男性への不信感みたいなものを蓄積させてたので、相手を異性として向き合おうって思ったときに、ニュニュッと出てくるんだよね。それが。

 

うわ、出たよ…って思って、

彼のためにも男を信じられる私になろう!!って頑張った。

けど、そう思うとなんだかキュキュッと喉が締まるような感覚がして。

 

それで、スマホで検索したの。

「男性が信じられない」って。笑

安直すぎますな。←

そしたらこんな記事が出てきました。

http://love-to-all.jp/danseihushin0810/

 

読んでてスルスルと力が抜けて、楽になりました。

恋愛のコラムも良い内容のがたくさんありますねー

 

要約すると、

・男性を信じられない自分を責めない

・疑うことよりも、まずは自分の素直な感情を感じる

 

ってことで、彼のことは信じてあげたいなと思いつつも、

〝男を信じられない自分を受け入れる〟ということを実践してみました。

 

そしたら、今までの私の行動パターンが読めてきた。

 

今まで、男性を信じられない私でありながら、男性を信じられるように!と頑張ってたんだと。

男性に限らずですが。

 

頑張って信じようとしてたし、愛そうとしてた。

でも、どんなに良い人に出会っても、どんなに愛されても、〝不信感〟は拭えず、

ずーーっと腹に抱えてた。どうして良いかもわからなかった。

ひとを信じられない自分が嫌になった。

 

だからそのうち、愛せるひとを探すようになった。それは、愛してくれるひとだった。

私が愛しても大丈夫なひと。信じられるひと。

 

本当はただ、

相手を愛したい。ただ、信じてみたい。

 

なのに

それができない。

 

そういうジレンマを抱えて、いつしか目的が変わっちゃったのね。

愛するために愛してくれるひとを探すことになってしまったの。

 

 

自分から、無償の愛…真実の愛が流れ出ると、とても気持ちいい。

それだけで自分が好きになり、見返りなど得られなくても、幸せな気分になる。

 

私たち人間は、そういう体験がしたい。

〝愛される体験〟よりも、〝愛する体験〟のほうをしてみたいんだ。

自分がどれほど愛に溢れた存在なのか知りたいし、

他人の愛じゃなくて、自分の愛に溺れたいんだよね。

とても優しくて、純粋な生き物なのだと思うのです。

 

でも、生きてると色んな邪悪なものに触れる。

闇に侵された人に傷つけられたり、親同士の喧嘩を見せられたり。

テレビをつければ、あっちこっちで悲しいことが起こってると知る。

 

ただのびのびと相手を愛するとか、

何にも考えずに相手を信じるとか

 

そんな当たり前のことが、出来なくなる。

一番やりたいこと、だったのにね、。

 

 

私の場合はジェンダーというわかりやすいテーマで起こりましたが。

 

生活のそこここに、〝不信感〟は根付いてて。

家入って鍵を閉めるのも、考えてみれば、世界を疑っているのよね。

 

本当に平和な世界ってまだまだ遠い。

物質的に豊かな日本に住んでいてさえ、心の平安は得難いものです。

 

彼を信じられるようになるかはわかりませんけれど、

私は少しずつ、〝愛すること〟にチャレンジしたいと思います。

 

それがこの世に生まれて、一番やりたかったことだから。

 

 

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