霊的成長、という言葉の真意

 

 

 

こまりですー

 

ライオンゲート、おつかれっしたーー

 

みんな大変だったのかな?

 

私もけっこう大変で、。

でも、おかげですっごく大きなものを手放せた気がします。

 

 

私が彼に出会ってから望み続けたのは、

ただそばにいることでした。

 

なぜなのか、。

それは、一緒にいるととっても気持ちよくなれるひとだからです。

 

気持ちいい、っていうと、セクシャルなイメージが強いけれど、

それだけではありません。

 

 

なんで気持ちいいのかなーって、

ずっとわからないできました。

 

でも、最近ようやくわかってきたのです。

 

気持ちいい、って、

 

心が興奮するから…ではなくて、

 

その逆。

超、真逆。

 

おっそろしく静かになるから。

 

感情などの波立つものが一切なくなり、

心が空っぽになって、身体が活動をやめてしまう。

そんな感覚になるからだ。

 

 

そこに至るまでは、

執着もなにもかもが、ぐっちゃぐちゃで、

洗濯機に投げ込まれるかのごとく、いろんなことが襲ってきますけれど、

 

日常のふとした瞬間に、

スッと静けさに包まれるとき、

 

あぁ、ツインレイってこういうものかもね( ^ω^ )

と思うのですね。

 

 

ツインレイに出会うと、霊的成長が必須だと言われるけれど、

それは、何かができるようになることでも、

何かに尽くさないといけないことでもありません。

 

たぶん、

その果てしない静けさに、そっと身を委ねて、

現世の患いから、そっと身を引くことなのではないか?と思うのです。

 

 

ツインレイに出会うと、いっぱい悩みます。

悩んで悩んで、もがきまくる。

 

でも、

《解決したいから》悩むのではなくて、

《悩むのをやめたくないから》悩み続けるのでは?

 

《悩んでまでして手に入れたいソレ》を、諦めたくないからでは?

《手に入れられない自分》を、見たくないからでは?

 

と、思うのです。

そう書きながら、ブーメランのように私に言葉が返ってくるのだけれど。笑

 

 

私が彼からもらった最大のギフトは、

快楽でも、喜びでもなくて

実はこの、《静けさ》なんじゃないかと思う。

 

《静けさ》こそが、愛すべきパートナーであり、

求め続けた快楽なんじゃないか。

その快楽を、快楽として受け入れたとき、人は気づけば〝霊的成長〟をしているのではないか。

 

そんなふうに、思うようになりました。

 

ブッタが、〝この世は苦しみである〟って言ったらしいけど、

 

ブッタって本当に、

静けさが気持ちよくて、

 

だからみんなにオススメしてた…

 

ただそれだけだったんだろうな、と思うのです。

それを、霊的成長と捉えてもいるけれど。

修行しろ、ってことじゃない。

みんな楽になって欲しいなぁ、っていう、

ただそれだけだったんじゃない?

 

 

果てしなく、果てしなく、

無へと回帰する女性が、

この世の源泉へと還ってゆく。

 

そして、全てとの調和を取り戻す。

 

ツインの女性って、

そんな道を行くのではないか。

 

真っ暗の闇を、どんどん煮詰めていくような、

そんな道。

 

しかしその先の道は、果てしなく明るい。