心の裏側には〝どうでもいい〟がいる

 

 

こまりでーす(ᵔᴥᵔ)

 

 

今日の内容は、、

 

数ヶ月前くらいから、

うーーーっすら感じてること。

 

 

自分でも不思議な感覚なので、

言葉にするのは難しいんですが

 

書いてみようかな。

 

共感してくれるひとがいたら嬉しいですね。

 

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日常のふとした瞬間に、

 

 

 

すべてのことがどうでもいい

 

 

 

という、感覚がフワッと沸き起こる。

 

 

それは一種の虚無感…

 

移ろいやすい感情体験に、

嫌気がさしたのか…

 

 

あー、どうでもいいのだなぁ

 

と、

全てをリセットしてしまいたくなるような、

しかしそれすら、

どうでもいいなぁ…という感情に襲われる。

 

 

あれだけ追い求めてきた、

彼との生活、

物質的な豊かさ、

自己実現

 

それらすべてが、突然

〝欲しいものじゃなかった〟

と、気づかされるような。

 

 そんなことが、何度も何度も。

 

 

 

 

喜びも悲しみもない世界に、

足を踏み入れていくかのよう。

 

恐ろしいほどの静けさが

確かに胸の内に広がっている。

 

 

 

それは初めて踏み入れたときは、

ほんの数秒でした。

 

 

でも、だんだんと、

その回数や、その感覚の滞在時間が増してきた。

 

 

このままでは、

人間として生きていくことが、

ひどく面倒な作業になりそうで

 

恐れを感じて

また感情の喧騒へと戻ってくる。

 

 

ワクワクとかドキドキとか

ブルブルガクガクのバイブレーションの世界に。

 

 

それは

渇望と絶望との往復運動。

 

 

でも、静けさを受け入れるより、

ずっと楽…に感じられるのです。

 

 

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 嬉しくとも、悲しくともない

感情のない誰かが

胸の内にいつもいて。

 

 

たまにその人に、私の意識がコミットすると、

 

前述したような体験が起こるのではないか…

 

と、仮定してみました。

 

 

では、この人一体誰なのかな。

 

 

傍観者でありながら、

圧倒的に存在感を放ち、

私を占領する。

 

私以上に私らしいけど、

全くもって感情の乏しい人だ。

 

 

しかし、この誰かさんに私がなるとき

 

 

 

私は

ひどく間違ったことをしてきたのではないか…

 

とも思う。

 

 

立派になろうとしてきた

親切になろうとしてきた

愛される人になろうとしてきた

意識を高めようとしてきた

 

前に前に進んでいくことを

疑いもせずに続けてきた自分が

 

 

実は小さなお盆の上で、

ぐるぐる回っていただけなのか

 

 

と、思えるような瞬間。

 

 

 

鬱的である。

 

 

しかし、なんと心地よい鬱なのか。

 

 

 

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このまま、無欲であり続けたい。

終わりのない静けさに、身を浸したい。

 

 

そう思ったりもするけれど、

やっぱり無理なんだなぁ。

 

 

彼を想い胸を焦がすひとときは

ある種の中毒性を帯びていて。

 

求めることをやめるのに

まだまだ時間がかかる。

 

 

彼を欲しくなくなるのが、怖い。

 

 

内側にいる、不動の誰かと

ちっぽけで粗野な自我との

無言の闘争が

 

ここしばらく続いてます。

 

 

でも、早く負けてしまいたいなと思うんだね。

 

静けさにも、喧騒にも、

降参してしまいたいな。

 

 

なにか大きなものを諦めるときが

近づいてるような気がするのです

 

 

こまり